かつて、ウォール街で最も熱を帯びていたビジネスは「ビットコインの買い溜め」だった。
ビットコインをバランスシートに載せさえすれば、その企業は筋金入りの長期主義者だと世間は思い込んでいた。
しかし、その実態は追い風相場のなかでのレバレッジ・ゲームにすぎなかった。
資産がコストラインを割り込み、最初に白旗を上げるプレイヤーが現れた。
一、11万ドルで買って6万ドルで売る
Empery Digitalの前身はVolconといい、もともとは電動オフロードバイクを手がける企業だった。
2025年7月、社名を変更し業態を転換、ビットコインの大量購入を開始した。
当時はまさにビットコイン価格の高値圏で、約4,000BTCまで買い進み、平均取得コストは約11万7,600ドル、総投資額は約4億7,000万ドルに達した。
その後、保有量は最大で4,081BTCまで積み上がった。
2026年に入ると、同社は複数回にわたって売却を実施。7月10日には1,400BTCを売却し、8,710万ドルを現金化したと開示した。売却平均価格は約6万2,000ドル。
買いの平均単価は11万7,600ドル、売りは6万2,000ドル。
この1,400BTCだけで、コスト比で約7,700万ドルの損失を出したことになる。
数字の上では、現在の保有量は1,514BTCに減り、手元には約7,390万ドルの現金がある。
しかし、本来は長期保有の戦略的資産であったはずなのに、価格がほぼ半値になった局面でなぜ「損切り」に動いたのか。
二、3か月で起きた逆転
売却の背景にあったのは、もはや帳尻の合わない帳簿だった。
ビットコイン価格が高値から急落するなか、今年2月には帳簿上の含み損が約46%、金額にして約2億2,000万ドルに達した。
当時の同社の時価総額は約1億3,500万ドルまで落ち込んでおり、ビットコインで失った額が企業価値全体を上回る事態となっていた。
これが内部対立を引き起こした。
今年2月、9.8%を保有する株主がCEOの辞任とビットコインの全売却、そして現金の株主還元を公然と要求した。
経営陣は全売却を拒否し、非公開で同株主の持ち分を自社買い取りしようとしたが、株主に拒まれた。
3月には、ビットコイン買い増しのため最大13億ドルの資金調達計画を発表している。
だが、それからわずか数か月後、ビットコインは売られ、その金は三つの穴埋めに消えた。
7月7日、同社はこの資金で1,000万ドルの債務を返済。現在も4,500万ドルの借り入れが残っている。
残りの資金は、AIデータセンターの株式取得に備えるほか、株主訴訟に対応する弁護士費用に充てられる。
だが、ビットコインを売って得た巨額の現金は、単に借金返済のためだけなのか。
三、トレンド追随の果てにあるのはコンピューティングパワー
最も注目すべきは、この資金の最終的な使途だ。
Empery Digitalがビットコイン売却で手にした資金の最大の支出先は、米国中西部にある改修予定のAIデータセンター施設の株式25%を6,500万ドルで取得することだった。
共同CEOのRyan Laneが陣頭指揮を執り、同社はビットコイン保有状況のダッシュボードを停止し、戦略の重心をAIインフラ事業へと移すと発表した。
電動バイクからビットコインの財務戦略、そしてAIデータセンターへ。この会社の事業軌跡は、あらゆるブームのホットスポットを完璧になぞってきた。
しかし、これは単独の事例ではない。同業他社も似たような動きを見せている。
今年第1四半期には、ビットコインマイニング大手のMARAが借金返済のために2万BTC超を売却。第2四半期には、別の著名企業Strategyも優先株の配当支払いのためにビットコインを売却し始めた。
これがいわゆる「トレジャリー(財務)モデル」だ。
その核心的なロジックは、社債発行でビットコインを購入し、ビットコイン価格の上昇によって株価を押し上げるというもの。
しかし、このモデルが機能する前提条件はただ一つ、ビットコイン価格が資金コストを割り込まないことだ。
いったん割り込めば、債務が重くのしかかり、会社は売却による延命を余儀なくされる。
現在、Empery Digitalの手元には1,514BTCと、山積するAIデータセンターの夢が残された。
貸借対照表上の「信念」には明確な値札がついていることが、今回の事実によって証明された。
そしてこの会社において、その値札は半値での全売却だった。




